シャーロッツビルのモンティセロとバージニア大学

シャーロッツビルのモンティセロとバージニア大学

アメリカの世界遺産「シャーロッツビルのモンティセロとバージニア大学」のあるシャーロッツビルは、東海岸にあるバージニア州中部にあって人口約4万人が住む小さな都市です。

「シャーロッツビルのモンティセロとバージニア大学」の世界遺産に指定されている「モンティセロとバージニア大学」は、独立宣言書を起草し、アメリカ第3代大統領で、かつ優れた建築家でもあったトーマス・ジェファーソンが設計した自身の邸宅(モンティセロ)であり、自身が創設した大学の設計・建築にも携わった建造物のことです。

この邸宅とバージニア大学が、19世紀の始めに独立してまだ間もないアメリカで建築された建築物として美しく、画期的であるということで1987年に、地名を付け加えて「シャーロッツビルのモンティセロとバージニア大学」として世界遺産に登録されました。

トーマス・ジェファーソンの設計したバージニア大学が、画期的なのは当時のアメリカの状況を表しています。
トーマス・ジェファーソンは、民主主義を根付かせ、成功させるには国民の教育が欠かせないと考え、1825年にバージニア大学を創設して初代学長に就くだけでなく、当時は大学の中心となる場所には教会を建てるのが常識の時代に、ロトンダと呼ばれるドーム型の円形の図書館を置く設計したことに表れています。

建物のデザインも古代ギリシアやローマ風に壮麗な建築様式のデザインとして立派ですが、デザインよりも優れていたのは機能的に図書館を中心として学科毎の建物を並ぶように設計して、図書館で教授と学生が一緒に生活を共にすることがしやすいように考えられ、それを推進したということにあります。

こうすることで、学問と生活が一体になってなり教育成果があがるという理想をトーマス・ジェファーソンは大学の設計で実現しました。
その理想が、世界遺産の「シャーロッツビルのモンティセロとバージニア大学」によく表れています。
ただ、形だけ作っても、実質が伴わなかった可能性がありますが、形式優先というよりも、むしろ形式が整っていなくてもトーマス・ジェファーソンには、自由と民主主義を育てる、定着させるという強い思いがこもっていたに違いありません。

それだけに「シャーロッツビルのモンティセロとバージニア大学」を訪れた時は、トーマス・ジェファーソンの強い思いを感じることが大切となります。

トーマス・ジェファーソンの強い思いを汲んでか、周囲が彼のことを評価したからか、死後彼のお墓にはバージニア大学を創設したことが一番の功績としての記述が刻まれています。